墓地・ペット関連買物通販情報
パソコン教室関連学習対策検索エンジン
宿泊施設・公園関連旅行・宿泊情報サイト
脂肪吸引・理容関連コスメ販売サーチ
エージェント・独立開業関連ビジネスコーチサーチ
バイク・家具関連みんなの住まい情報
老人ホーム・成人病関連最新の医学全国情報ガイド
菜園・おもちゃ関連買物王情報
学習指導・ビジネススクール関連教育対策紹介
チケット予約・遊園地関連国内旅行特集サイト
雲南派(うんなんは, もしくは滇系) とは、中華民国時代における南方軍閥の1つ。代表人物として唐継尭、竜雲がなどがおり、その勢力圏は雲南省、貴州省、四川省地区に及んだ。
滇軍は清朝末の第19軍が元になっており、蔡鍔、李根源、唐継尭らは、1911年10月10日、武昌起義(辛亥革命)が勃発すると、軍の主導権を掌握し、挙兵。10月30日、蔡鍔らは昆明で挙兵し、雲貴総督李経羲を捕虜として雲南省を掌握した(重九起義)。11月1日、「大中華国雲南軍都督府」が設立されると、蔡鍔は雲南都督に推戴された。蔡鍔は直ちに、雲南の軍事・政治の改革に取り組む。その清廉にして果断な政治姿勢により、省政の面目を一新したため、省を混乱させることなく、人心掌握に成功した。
1913年7月、二次革命(第二革命)が勃発すると、蔡鍔は袁世凱を支持した。10月に蔡鍔が袁世凱によって北京に迎えられると、唐継尭が雲南都督を引き継ぎ、滇軍を掌握した。1915年に蔡鍔は袁世凱の帝政に反発し、北京を脱出した。そして、唐継尭らとともに12月25日に雲南省の独立を宣言し、護国戦争が勃発した。同戦争は反袁世凱派に有利に進んだが、蔡鍔は1916年に結核をわずらい、11月8日に治療のため訪れていた日本で死去した。